“日本を、“一億総芸術家”の国にしよう。“
- 芸術は衝動です
- これまで『芸術作品』を創ってきた一部の『芸術家』と呼ばれる人々を除いて、多くの人々は、『芸術作品』を観たり聴いたりと、鑑賞することによって『芸術』を享受してきました。
しかし、芸術とはそのような受動的なものなのでしょうか。
芸術の起源ははっきりとはしませんが、労働をしながら口ずさむ歌や、仕事の合間の落書きのような漠然とした表現衝動によって表現されたものを排除するものではないはずです。
さらに、鑑賞者が自分で鑑賞した『作品』をモチーフとしてそこから新たに自分の頭や心の中に、自分だけのオリジナルの芸術作品を創作して楽しんでいたならば、鑑賞者もまた作家同様『芸術家』である、と言えるでしょう。
また、芸術とは創造だと思っているでしょうが、創造とは、『無から有を創出する』ものだけではありません。
表現を誘発するものに接して表現衝動が生じ、それに突き動かされて、何かを表出する行為をもって創造と考えるべきものなのです。
引用・パロディと呼ばれるものを考えてみればこのことが明らかであるといえましょう。
- 知識は芸術を育むものではありません。
- ところが、現在では、作家=芸術家と鑑賞者という暗黙の役割分担ないしは固定的な関係のようなものがあり、さらには批評家とか投資家とかの思惑が絡んできているため、芸術活動は特殊な才能を持った技能者でなければ触れてはいけないかのような錯覚が醸成され、その錯覚が支配的になってしまっています。
その結果、多くの鑑賞者は、自分の直感ではなく、知識を前提とした鑑賞能力が求められ、その結果、疎外感を抱き、予断なく純粋に『芸術』を楽しむことが出来ない状況になってきているのではないでしょうか。
そういう状況での鑑賞は、知識としての『芸術作品』を、目や耳で再認識するという無味乾燥な作業をさせられることになってしまったのです。
そして、鑑賞本来の醍醐味は味わえず、それどころか、創作でさえもが委縮させられてしまうのです。
- ディジタル媒体の可能性
- これまでの、『芸術作品』を愛でる、芸術愛好スタイルから脱却し、自分の感動や創作意欲を大事に、自由な発想で芸術作品を創る、芸術創作スタイルに切り替えて、芸術を楽しみませんか。
PCネットワークを利用すれば、日本中の誰もが、創作を楽しみ(自画)、それを全世界に発表して楽しむ(自賛)ことが現実のこととして可能な時代がやってきました。
音楽の世界では、すでにそれが実践されています。
もはや、芸術創作において、プロとかアマとかいう区別は存在しません。
- 自画自賛
- 創作は、自分が表現しようとしたことで、自分の中にあったなにかが外に表されたものが創作物なのです。
上手い・下手は技術的な面ではあるといえますが、自己の表現衝動の表出という面では価値に変わりはありません。
もしそうではないのなら、古代の作品は鑑賞の価値はないということになってしまうでしょう。
そこで、よくよく考えてみると、実は、鑑賞者として心や頭の中で芸術作品を創作するよりも、実際に芸術作品をモノとしてアウトプットする、即ち、作家として芸術作品を創作する方が格段に楽しいのではないかということに気づくでしょう。
一握りの『芸術家』だけに、この芸術創作の楽しみを独占させておくことはありません。
また、新たな視点から創作された他人の創作物を鑑賞することは自分の「美」の基準を変化させていきます。
さらに高いレベルでの創作を促していく原動力ともなりうるのです。
- 当アーケードの目的
- 自分が「これは傑作だ」と思った芸術創作品を(自画)、自分のギャラリーに展示し、全世界の人々に対して、どうだ、いいだろう?と自慢し(自賛)、そして、批評の嵐に曝されながら、全世界の人々とお互いに切磋琢磨し合ってください。
まるで、教室の小学生が間違った答えを口にしてはいけないと怯え、挙手しないような姿勢は、創造にとって有害です。
アカデミスティックな観点からは、過去に対する評価しかできません。
あなたの表現が新しい時代を切り開くかもしれないのです。
躊躇することはありません。
日本人に限らず、自国の人間の創造に冷淡な態度をとることは世界的に見られるものです。
そして、今まで劣等なものと思われていたものが高く評価されるという事例も世界共通のことです。
もし、日本人全員の独自の芸術作品が一堂の下に会したならば、世界の人々は、その多様性に驚嘆するとともに、そこに、通奏低音のように流れる音楽のようなものを発見するかもしれません。
「美」や「芸術」の基準が変化する可能性があるのです。
想像しただけでもワクワクしてくるような世界が、このアーケードに出現することを期待しております。
当アーケードに、自分のギャラリーを出店し、独自の芸術作品の個展を開催し、全世界の人々に向かって“自画自賛”しようではありませんか。